会長のページ/塩谷郡市医師会

塩谷郡市医師会会長のブログです。

朝日新聞掲載 岡会長が内閣府から表彰❢

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    下野新聞掲載 日曜論壇「歴史学び記録を次世代へ」

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      下野新聞掲載 日曜論壇「医療制度の大きな転換期」

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        下野新聞掲載 日曜論壇「未来脅かす愚行即やめよ」

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          下野新聞掲載 日曜論壇「インフルエンザの備えは」

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            下野新聞掲載 日曜論壇「命の平等胸に世界へ目を」

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              下野新聞掲載 日曜論壇「受動喫煙対策今後も注目」

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                栃医新聞掲載 「塩谷郡市医師会長に就任して」

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                   4月の塩谷郡市医師会総会で、山田聰先生の後継として会長に選任されました。県医師会から就任の挨拶文の依頼がありましたので、簡単な自己紹介、さらに塩谷郡市医師会について書き綴りたいと思います。

                   私は、氏家町(現さくら市)に生まれ、小学校、中学校、高校と栃木県で学びました。大学は県外に出て見聞を広げようと考えていましたが、受験の失敗から予定外であった濁協医大に進学することになりました。なぜ予定外だったかというと、国立大学至上主義の進学校に在学していたため、私立医大という選択肢を想定していなかったからです。私は濁協医大の7期生ですが、いざ入学してみると世間の評判と違い、優秀で進取の精神に富んだ学生も多く、大変刺激を受けました。学生時代は、文芸愛好会を設立して同人誌を発行したり、学友会の会則を作ったり、学生新聞を創刊したり、さらには学友会十周年記念誌を編集したりと勉学以外の事に熱中しました。良き師や学友にも恵まれ、大学病院で生涯の伴侶も見つける事ができて、塞翁が馬ではありませんが後から考えると濁協医大に進学したのは最良の選択だったと思います。

                   平成9年、生まれ故郷の氏家町(現さくら市〉に開業したのですが、間もなく塩谷郡市医師会史の編纂を手伝うことになり、学生時代の経験が役に立つことになりました。医師会史は戸村光宏編纂委員長の情熱で平成15年に完成しましたが、古い史料がほとんど残されてなかったことから「新生医師会半世紀の歴史」とサブタイトルを付けることになり、私が担当した戦前の歴史については満足できる内容ではありませんでした。今回の『幕末・明治・大正期の医療一塩谷の地から「醫」をさぐる』の発行で、その宿題をようやくやり遂げたというわけです。厚さが3センチ、500ページの本が完成した時は、ほっとして張りつめた糸が切れたような状態になりましたが、その後に思いがけず会長職を拝命することになり、少し困惑している所です。ただ、もともと楽天的な性格なので、医師会長という重職も正直あまり重荷には感じてはおらず、自然体でこなしていこうと考えています。

                   さて、塩谷郡市医師会は矢板市、さくら市、高根沢町、塩谷町の2市2町で医業を行っている会員で構成されています。会員数が100名余の小さな医師会ですが、マラソンに熱中している先生、ボルダリンをやっている先生、プロ顔負けの星の写真を撮る先生、人間国宝を目指して陶芸に打ち込む先生、禁煙活動を熱心に行っている先生など、個性豊かな先生が多いのが特徴かもしれません。そういえば、6月のシニアゴルフ県知事杯で5アンダーの成績で優勝した先生も塩谷郡市医師会の会員です。各々の先生方の問題意識も高いため、県医師会の代議員会での質問数が多くなるのも仕方がないことなのかもしれません。

                   現在、我々の塩谷地区はいくつかの問題を抱えています。まず、救急車の搬送時間が県内で一番長いことです。これは管内に3次医療機関がないことや、塩谷病院の移譲問題などで救急車の受け入れが減少したことが原因の一つです。また、塩谷地区は県北医療圏に属していますが、南に位置するさくら市、高根沢町では距離的に近い宇都宮医療圏に依存する傾向があり、救急医療の点でも問題を複雑化させています。もうひとつ、塩谷町の高原山の南麓が候補地となっている放射性廃棄物の最終処分場建設の問題があります。私たち開業医は常に地域住民と、その心身の健康を第一に考えています。そのため、塩谷郡市医師会としては豊かな自然にあふれ、地域住民の心のふるさとである高原山に処分場を造ることは到底認める事ができないことなのです。

                   塩谷郡市医師会は小さな医師会であり、県医師会、隣接する医師会の先生方には大変お世話になっております。この場をお借りして御礼を申し上げ、私の挨拶とさせていただきます。

                                               <栃医新聞記載>

                   


                  『幕末・明治・大正期の医療〜塩谷の地から「醫(い)」をさぐる〜』の本を発行しました。

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                    『幕末・明治・大正期の医療 塩谷の地から「醫」をさぐる』の発行について
                     塩谷郡市医師会では、塩谷地区の幕末から大正までの医療の歴史をまとめた本を発行しました。この本は山田前会長の時に予算化され、発行予定が少し遅れましたが漸く6月から皆さんのもとに届ける事ができるようになりました。写真にあるようにA5版で本文が500ページもある厚くて重い本です。
                    本文は大きく4部に分かれています。第1部の最初の章では、世界と日本の医療の歴史に栃木県の医療の歴史を関連づけてあり、医療の歴史全体を親しみやすく概観できるようになっています。その後の章では、天然痘やコレラ、結核など、戦前の医療の大きな課題であった感染症の歴史を塩谷地区の例を出して記述、さらに江戸時代の医師、明治期の医療制度や医療事情、医師会の歴史、病院の歴史について、塩谷地区だけでなく県全体について触れています。
                    2部は当時の人々がどんな医療を受けていたかを残された処方記録簿や死亡診断書などの史料をもとに詳述しています。死亡率の高かった子どもの病気や合法であった娼妓制度の医療についても分析し、今まで歴史では触れられることがなかった部分まで踏み込んでいます。優れた西洋医学の導入により時代遅れであった漢方医学が駆逐されたという現代的な歴史観を覆すような、コレラ患者に行われた当時の漢方治療なども興味深い所です。一般の人には少しマニアックですが、医療関係者は面白く読める部分です。
                    3部は塩谷地区の喜連川藩の医療、明治期の近代的な病院であった喜連川病院、さらに矢板地区の代々医について取り上げました。特に喜連川神社の奉納額は幕末にコレラの流行が収まったことで臨時神輿が出されたことを描いたもので本の表紙にも用いた一見の価値のある文化財です。
                    4部は塩谷地区の医師列伝で、軽い読み物となっています。
                     医療の歴史は、人類の生活や文化の歴史の中で重要な部分を占めていますが、今まであまり顧みられることはありませんでした。ぜひ、この本を多くの方に読んでいただき、医療の歴史を知っていただきたいと思います。塩谷地区の図書館や県立図書館で借りる事ができます。手元に置いてぜひ読みたいと希望する方は塩谷郡市医師会にご連絡ください。在庫は少なくなっていますが、送料のみでお送りします。
                     また、このホームページの素顔の医師たちやヤフーブログでも内容の一部を紹介していますのでぜひご覧ください。

                     
                                  
                                             塩谷郡市医師会
                                             会長 岡   一 雄
                     

                    岡会長就任の挨拶

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                       みなさん、お元気ですか。農家の方々は田植えが済んだ頃でしょうか。
                       この度、山田会長の後を継いで会長になりました岡といいます。簡単に自己紹介をします。さくら市氏家の商店街に生まれ、氏家小学校、中学校、宇都宮高校、獨協医科大学と人生のほとんどを故郷の栃木県内で過ごしました。
                       一番の趣味は薔薇を中心としたガーデニングです。5月は薔薇がきれいに咲きそろう季節ですが、手入れは一年中欠かすことができません。特に冬の寒い時期の剪定や元肥が重要です。その成果やごほうびが、この5月の開花なのです。手入れをおろそかにするときれいに咲いてくれず、時には枯れてしまいます。また、きれいに咲かせる特効薬もありません。薔薇に限らず、人や物を育てるということは、すぐに成果を期待する最近の風潮とは違う考え方が必要なのだと思います。自然の中で土と戯れていると、われわれ田舎に住む者はもっとゆったりした生き方と考え方を持つべきではないかと思えてきます。
                       さて、塩谷郡市医師会は今年から医療と介護の連携や在宅医療を進める取り組みを始めます。塩谷地区は医療機関も少なく、人口に比し面積が広い地域であるため、都市部に比べ在宅医療を行うのは大変ですがあせらず出来る所から取り組む予定です。地域の皆さんが住み慣れた場所で健やかに過ごせるような医療環境を目指していますので、長い目でご協力、ご支援をよろしくお願いします。

                                          塩谷郡市医師会 会長 岡   一 雄

                       


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                        長田俊雄

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